ネットの世界では近頃話題のウェブ進化論を昨日から一気に読み終えた。1ヶ月ほど積読になっていたのだが、最近トレード系の本もひと段落したので一般書や新書の積読を減らしている。
日ごろからネットの情報の玉を信じているオラとしてはうなづける点が多い。だが、グーグルの自動検索と同様のメカニズムで、不特定多数無限大の参加者によって、今は「こちら」側の人たちに信頼がないと判断されている「あちら」側の情報が信頼性に足るものに自動選別されていくってのはどうかなあ?って思っている。
結局これって今の「こちら」側の世界のベストセラー現象と同じことなんじゃないかと思う。オラ的には普段からベストセラーに対しては結構苦々しく思っていて、情報としては非常にくだらなくて価値がないものがミリオンセラーになっていたりすることがままある。まあ、人によっては、偽者であろうが薄っぺらであろうが、感動した気分になるっていうことが情報として価値があるっていう場合もあるから、それをどうこうは言えないが。
結局ベストセラー化ってのが信頼度を担保しているわけではないってことだ。信頼っていう点では最終的には「あちら」側でも「こちら」側でもあまり変わらないところで落ち着くんじゃないだろうか。
将棋の羽生さんの話は面白くて、学習ための高速道路が整備されているってのは非常によく分かる。ただ、実際にはその先は大渋滞で、そこを抜けるのには人間の五感を総動員して行う職人さんのような技術が必要で、その辺がどうなっていくのかが興味深いとあるが、その通りなんだろう。
で、その学習のための高速道路がほかの分野でも整備されていて、実際に将棋でいう奨励会の2段ぐらいまでの実力はついてくるようなのだが、これもその先はどうなのかなあと思う。ネットの情報のすごさは肯定するが、その先はちょっと分からない。
この辺の話を読んだときに、どの本だか忘れたが以前読んだ藤原正彦さんの本で藤原さんが「世の中世代交代は必要だと思うけど、数学の世界ではむしろ世代交代が遅れている。なぜかというと、数学の世界ではこれまでに蓄積された知の量が膨大すぎてそれを細かく追っていると年を食ってしまう。かといってそれをしないと、その先の新しい理論やら超難問の証明などに取り掛かれない。だから当然数学の世界では分野がものすごい細分化されてきていてとてもじゃないけど一人の人間が広い分野をすべてカバーできない。結局学問の世界ではあるところで進歩がサチルんじゃないか」みたいなことを言っていたのを思い出した。
もともと理系、科学技術分野にいたオラにはこの辺の感覚はよく分かる。現在のパソコンや携帯にしたって今はまだ専門家は半導体の細かい中身なども分かるけど、そのうちどんどん進んでいくともはや技術者にとっても一般の人たちと同じように基本原理が分からないブラックボックスになる可能性が高い。全部遡るのは無理だから、あるところ以前は最初からそういうもんだと思って使うしかないってことだ。
結局ウェブの中も知の蓄積といっても所詮同じようになるんじゃないかと思う。でも、現状ではまだまだ無限の可能性を秘めているってのは賛同する。
ソーシャルネットワーキングっては本文にあったように、この人は信頼できるのかっていう点における人間のランキングっていうのが行き着くところのような気がするねえ。でもそれだと、実社会と実は同じでもう少しパイを広げただけって感じかな。
ネットにどっぷりはまっている人は一度は読んでみるとよい本だと思う。
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる
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